おはようございます!
あっという間に3月!それも2週目突入!!
とても驚いている人事部・大部で~す!
さてさて本日は、「考える」ことについて執筆します^^
世界的に優秀と言われるユダヤ人を皆さんご存じでしょうか?
ユダヤ人は「問いの民族、議論の民族」と言われているそうです!
その一例として、一つ小話しちゃいます!
幼い子供にこういう問いを出します。
「風というのは見えないし、形がないし、色も臭いもない。けれどどうして感じられるのか?」
この質問をユダヤでは3才ぐらいにするそうです。
皆さんはどう答えますか?
また青年を迎えるころにはこのような問いが出されます。
「ある日煙突から居間に2人のドロボーが入ってきた。一人の男の顔にはすすがついて真っ黒。もう一人の男の顔には全然ついてなく真っ白。
さて、どっちのドロボーが顔を洗うのか?」
①真っ黒で汚れている方
②すすのついていない真っ白な方
皆さんはどう思いますか?
ん~なかなかに難しい!!
改めて皆さんどう思いますか?
どっちか選んだとしても、その理由は何になるんでしょうか??
ユダヤ人の答えは①でも②でもないんです!
そもそも煙突を降りて一人が真っ黒でもう一人が汚れていないということはあり得ません。
ユダヤでは、
「事実」「認識」「心理」に分けられて考えられるそうです!
事実は・・
「顔が汚れたドロボーと汚れていないドロボーがいる」
認識は・・
「その事実を受け止める認識は見る場所によって異なる」
真理は・・
「でもそれぞれ違うことはあり得ない」
真理とは!
事実や認識とは違うことをことあるごとに問いかけてくるんです!
つまり、この煙突の問いは・・
「この問い自体がおかしい」という結論になります!!
「なーんだ」って思った方すみません(笑)
ですが、ユダヤではこのように常に問いかけを通じて本質を考える習慣が常に行われているんです!
これがビジネスでも活躍していることの一つの要因だと思われます。
皆さんも考えることを放棄せず、些細なことにも疑問を持ってみてくださいね!